グリーフケアとは?悲しみを抱える人を地域で支えるということ

大切な人を亡くした方に寄り添うこと。
悲しみを抱えている人の話を聴くこと。
そうしたイメージを持つ方が多いかもしれません。

もちろん、それらはグリーフケアの大切な一部です。

しかし、グリーフケアは「亡くなった後」にだけ必要なものではありません。

病気になったことで、これまでできていたことができなくなった。
介護が始まり、家族との関係が変わった。
認知症によって、以前のように会話ができなくなった。
長年続けてきた仕事を退職し、社会とのつながりが薄くなった。
住み慣れた場所を離れ、新しい環境で暮らすことになった。

こうした人生の変化にも、人は喪失を感じることがあります。

そして、その喪失に伴って生まれる悲しみ、不安、寂しさ、怒り、戸惑いなどの感情も、広い意味でグリーフと考えることができます。

だからこそ私たちは、グリーフケアを「死別後の特別な支援」としてだけではなく、人が生きていく中で経験するさまざまな喪失に寄り添う営みとして考えています。


グリーフとは何でしょうか

グリーフとは、喪失に対する心や身体、行動などのさまざまな反応を指す言葉です。

「悲しみ」と訳されることもありますが、グリーフは悲しみだけではありません。

寂しい。
悔しい。
腹が立つ。
不安になる。
何もする気になれない。
誰にも会いたくない。
逆に、忙しくしていないと落ち着かない。

人によって、その表れ方は大きく異なります。

大切な人を亡くした後、涙を流す人もいれば、しばらく何も感じられない人もいます。

葬儀が終わった途端に悲しみが強くなる人もいます。

反対に、しばらくは普段通りに生活できていたのに、数週間、数か月、あるいはそれ以上経ってから、ふとした出来事をきっかけに悲しみがこみ上げてくることもあります。

「もう時間が経ったのだから大丈夫だろう」

周囲がそう思っていても、本人の心の動きはそう単純ではありません。

グリーフには、決められた期間も、決められた順番もありません。

だからこそ、グリーフケアでは「こうすれば早く立ち直れる」と考えるのではなく、その人自身のペースを大切にすることが重要になります。


グリーフケアは「悲しみをなくすこと」ではありません

グリーフケアについて、よくある誤解があります。

それは、

「悲しみを癒して元気にすること」

という考え方です。

もちろん、少しずつ日常を取り戻していくことは大切です。

しかし、グリーフケアの目的を「悲しみをなくすこと」と考えてしまうと、かえって本人を苦しめてしまうことがあります。

大切な人を亡くしたからといって、その人への思いまで消えるわけではありません。

悲しみがなくなることが「回復」なのではありません。

悲しみを抱えながらでも、少しずつ自分の生活を取り戻していく。

亡くなった人との思い出を大切にしながら、これからの人生を歩いていく。

その人なりの形で、喪失とともに生きていく。

グリーフケアとは、その過程を支えることでもあります。

だから、無理に前向きにさせる必要はありません。

「元気を出して」と励ますことが、いつも正しいとは限りません。

時には、何かを言うよりも、ただそばにいることの方が大きな支えになることがあります。


「聴く」ということの大切さ

グリーフケアにおいて、私たちが大切にしていることの一つが「話を聴く」ということです。

これは、単純に相手の言葉を聞けばいいという意味ではありません。

相手の話を途中で評価したり、否定したり、すぐに解決しようとしたりせず、その人の気持ちをその人のペースで受け止めることです。

例えば、

「もっとこうすればよかった」

と誰かが話したとします。

そのとき、

「そんなこと考えなくていいですよ」

と励ますこともできます。

「あなたのせいではありません」

と安心させることもできます。

どちらも悪い言葉ではありません。

けれど、その人が本当に話したかったのは、「後悔している」という気持ちそのものだったのかもしれません。

そのとき、

「そう思っているんですね」

と、その気持ちをそのまま受け止めてもらえるだけで、少しずつ自分の感情を整理できることがあります。

人は、話すことで自分の気持ちに気づくことがあります。

そして、誰かに受け止めてもらうことで、

「この気持ちを持っていてもいいんだ」

と思えることがあります。

グリーフケアにおいて、「聴くこと」は決して小さなことではありません。


グリーフは「死別」だけではありません

グリーフケアを考えるうえで、もう一つ大切なのが「喪失を広く捉える」という視点です。

例えば、長年仕事をしてきた方が定年を迎えたとします。

収入だけではなく、「社会の中で必要とされている」という感覚や、毎日の生活リズム、人とのつながりを失うことがあります。

また、病気になれば、それまで当たり前だった生活を失うことがあります。

外出できなくなった。

趣味を続けられなくなった。

自分でできていたことができなくなった。

家族に頼る場面が増えた。

こうした変化も、その人にとっては大きな喪失です。

介護も同じです。

親を支える立場になったことで、親子の関係が以前とは変わってしまうことがあります。

「母にはいつまでも元気でいてほしかった」

「昔の父に戻ってほしい」

そう思うこと自体は、決しておかしいことではありません。

大切な人が生きているからこそ感じる喪失もあります。

私たちは、こうした「生きている中での喪失」にも目を向ける必要があると考えています。


一人で抱えるグリーフ

グリーフが深刻になりやすい要因の一つに、「孤立」があります。

悲しいときに話せる人がいる。

困ったときに相談できる人がいる。

何気ない話をできる人がいる。

それだけでも、人の心には大きな違いがあります。

一方で、

「誰にも迷惑をかけたくない」

「こんなことを話しても仕方がない」

「自分がしっかりしなければ」

と、一人で抱えてしまう方もいます。

特に高齢になると、家族や友人との死別を経験する機会が増え、これまであった人間関係が少しずつ変化することがあります。

外出する機会が減る。

地域とのつながりが薄くなる。

人と話す時間が少なくなる。

そうすると、悲しみだけではなく、「話す機会そのもの」も失われていきます。

だからこそ、グリーフケアは「心の問題」だけとして考えるのではなく、地域とのつながりという視点から考えることも大切なのです。


地域に「話せる場所」があるということ

私たちが暮らす地域に、

「ちょっと話をしていこう」

と思える場所があったらどうでしょうか。

何か困っている人だけが行く場所ではありません。

深刻な悩みを持っていなくてもいい。

話したくなければ、無理に話さなくてもいい。

ただ誰かと一緒に過ごしてもいい。

そんな場所が地域にあることには、大きな意味があります。

グリーフケアというと、専門家が一対一で行う特別な支援をイメージする方もいるでしょう。

専門的な支援が必要なケースでは、医療や福祉など適切な専門機関につながることが重要です。

一方で、すべての人が最初から専門機関を必要としているわけではありません。

「少し話してみたい」

「誰かと話すだけで気持ちが楽になるかもしれない」

そんな段階の人もいます。

その人が安心して一歩を踏み出せる場所。

そこに地域の役割があるのではないでしょうか。


グリーフケアは専門家だけのものではない

グリーフケアという言葉を聞くと、

「自分には専門知識がないから何もできない」

と思うかもしれません。

しかし、グリーフケアのすべてを専門家だけが担う必要はありません。

家族が話を聴く。

友人がそばにいる。

近所の人が声をかける。

地域の活動に参加する。

福祉や介護の職員が、その人の感情にも目を向ける。

それぞれができることがあります。

もちろん、深刻な状態や専門的な対応が必要な場合には、医療・福祉など適切な専門機関につなぐことが重要です。

しかし、日常の中にある小さな「つながり」も、人を支える大切な力になります。

だから私たちは、グリーフケアを一部の専門家だけのものにしたくありません。

地域に暮らす一人ひとりが、「誰かの悲しみに気づくことができる」。

そんな地域をつくることも、グリーフケアの一つだと考えています。


パパンが目指しているグリーフケア

一般社団法人パパンは、グリーフケアを起点に、地域とのつながりを大切にした活動を行っています。

私たちが大切にしているのは、「支援する側」と「支援される側」を明確に分けすぎないことです。

人は、人生の中で立場が変わります。

今は誰かを支えている人も、いつかは誰かに支えてもらうかもしれません。

元気だった人が介護を必要とすることもあります。

誰かを支えていた家族が、今度は自分自身の支えを必要とすることもあります。

だからこそ地域には、「困った人を助ける場所」だけではなく、「人と人がつながる場所」が必要なのだと思います。

パパンでは、さまざまな喪失を経験した方が安心して気持ちを話せる場を大切にしています。

また、地域包括支援センターや医療、介護、福祉など、地域で人を支える方々とのつながりも大切にしています。

一つの団体だけですべてを解決することはできません。

だからこそ、地域の中にあるさまざまな力をつなげていくことが重要です。


「支援につなぐ」という役割

グリーフケアを行ううえで、もう一つ大切なのが、「すべてを自分たちで抱え込まない」ということです。

話を聴いている中で、

「これは自分たちだけでは支えきれない」

と感じることがあります。

そのときに、医療につなぐ。

介護の相談につなぐ。

地域包括支援センターにつなぐ。

社会福祉協議会などの地域資源につなぐ。

必要な支援につながるための「入口」になることも、地域活動の大切な役割です。

グリーフケアを行う人がすべての問題を解決する必要はありません。

むしろ、

「この人には、どこにつながることが必要なのだろう」

と考えることが大切です。

一人で抱え込まない。

そして、本人にも一人で抱え込ませない。

それが地域で支えるということなのではないでしょうか。


悲しみのある人だけを見るのではなく、その周りを見る

グリーフケアを考えるとき、私たちは「悲しんでいる本人」だけを見てしまいがちです。

しかし、その人の周りにも、さまざまな人がいます。

家族。

介護をしている人。

医療や介護の職員。

友人。

地域の人。

それぞれが、それぞれの立場で喪失や不安を抱えていることがあります。

例えば家族を介護している人は、本人を大切に思う一方で、

「もう疲れた」

「自分の時間がほしい」

と思うことがあります。

その気持ちを持ったことで、自分を責めてしまう人もいます。

しかし、そうした感情が生まれることも自然なことです。

グリーフケアという視点を持つことで、表面的な行動だけではなく、その背景にある「喪失」に目を向けられるようになります。


グリーフケアが目指すもの

では、グリーフケアの先に何があるのでしょうか。

私たちは、「悲しみのない状態」ではないと考えています。

悲しみがあってもいい。

寂しくてもいい。

時には立ち止まってもいい。

そのうえで、

「自分は一人ではない」

と思えること。

そして、

「この先も自分らしく生きていっていい」

と思えること。

それが大切なのではないでしょうか。

グリーフは、無理に消すものではありません。

大切な人を思う気持ちや、失ったものへの思いを抱えながら、それでも少しずつ日常を取り戻していく。

その人なりの歩みを尊重する。

グリーフケアとは、その歩みに寄り添うことなのだと思います。


私たちが考える「地域のゆるやかな家族機能」

現代では、昔のような大家族や地域共同体をそのまま取り戻すことは難しいでしょう。

だからこそ、新しい形のつながりが必要です。

毎日会う必要はない。

何でも相談する必要もない。

困ったときだけでもいい。

「最近どうですか?」

と声をかけてもらえる。

少し話を聴いてもらえる。

自分の存在を気にかけてくれる人がいる。

そんな「ゆるやかなつながり」が、孤立を防ぐ力になるのではないでしょうか。

パパンが大切にしているのも、そうした地域のつながりです。

家族そのものになることはできなくても、家族のようにすべてを背負うことができなくても、

「あなたのことを気にかけています」

という関係を地域の中につくることはできます。

それは、これからの地域に必要な「ゆるやかな家族機能」の一つなのかもしれません。


最後に——グリーフケアは、人を「元気にする」ことではない

グリーフケアについて考えていると、私たちは一つのことに気づきます。

人は、悲しみを経験しながら生きていく存在だということです。

大切な人との別れ。

病気。

介護。

仕事。

人間関係。

住み慣れた場所。

人生には、さまざまな喪失があります。

だからこそ、グリーフは誰か特別な人だけの問題ではありません。

誰もが当事者になり得ます。

そして、誰もが誰かを支える側にもなり得ます。

グリーフケアとは、悲しみを消すことではありません。

無理に前向きにさせることでもありません。

その人の悲しみや戸惑いを否定せず、その人のペースを尊重しながら、「一人ではない」と感じられる関係をつくっていくこと。

そして必要なときには、地域のさまざまな支援につなげていくこと。

私たち一般社団法人パパンは、そんなグリーフケアを地域の中に少しずつ広げていきたいと考えています。

誰かの悲しみに気づける地域。

困ったときに「少し話してみよう」と思える地域。

支える人も、一人で抱え込まなくていい地域。

そんな地域であれば、人生の中で喪失を経験したときにも、ほんの少し安心して歩いていけるのではないでしょうか。

悲しみをなくすことはできなくても、悲しみを一人で抱えなくていい社会をつくることはできます。

そのために、私たちはこれからも、人と人とのつながりを大切にしながら、地域の中でグリーフケアを考え続けていきます。

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