「グリーフ」と聞くと、多くの方は「大切な人を亡くした後の悲しみ」を思い浮かべるかもしれません。
しかし実際には、人は亡くなる“前”から、すでにさまざまな喪失を経験し、その中で揺れ動いています。
この視点は、まだ社会の中で十分に言語化されていません。
けれど現場にいると、はっきりと見えてきます。
それが、「生前グリーフ」という状態です。
「まだ生きているのに、つらい」という現実
たとえば、こんな場面があります。
認知症が進み、会話がかみ合わなくなったとき。
かつては何でも話せた親が、まるで別人のように感じられる瞬間。
あるいは、病気によってこれまで通りの生活ができなくなったとき。
できていたことが一つずつできなくなっていく現実を目の前にしたとき。
また、介護が始まり、親子や夫婦の関係性が変わっていくとき。
「支える側」と「支えられる側」という新しい関係に戸惑いを感じるとき。
これらはすべて、「喪失」です。
そしてその喪失に対して、人は確かに何かを感じています。
寂しさ、戸惑い、怒り、無力感——言葉にしきれない複雑な感情です。
けれど多くの場合、それは「悲しみ」として認識されることなく、
ただ日常の中に埋もれていきます。
それは“グリーフ”であるという視点
本来、グリーフとは「喪失に対する自然な反応」です。
そう考えると、先ほどのような体験も、明らかにグリーフの一部です。
しかし現実には、
「まだ亡くなっていないのだから悲しむのはおかしい」
「自分がしっかりしなければならない」
と、自分の感情に蓋をしてしまう方が少なくありません。
周囲もまた、
「大変だね」とは言えても、
その奥にある感情まで寄り添うことは難しい。
結果として、
誰にも気づかれないまま、
誰にも言えないまま、
グリーフが積み重なっていきます。
生前グリーフが見過ごされる理由
ではなぜ、この「生前グリーフ」は見過ごされてしまうのでしょうか。
一つは、「死」が明確な区切りになっているからです。
人が亡くなったときには、葬儀があり、周囲のサポートも入り、
社会的にも「悲しんでいい時期」と認識されます。
しかしその前の段階には、そうした“区切り”がありません。
日常は続いていく。
やるべきことも山のようにある。
感情を整理する時間も場所もない。
もう一つは、「役割」による抑圧です。
家族として、介護者として、
「自分が弱ってはいけない」
「しっかりしなければならない」
という思いが強く働きます。
その結果、自分の感情は後回しにされていくのです。
放置されたグリーフがもたらすもの
感情に蓋をしたまま時間が経つと、どうなるでしょうか。
少しずつ、心と身体に影響が出てきます。
・慢性的な疲労感
・人と会うことへの抵抗
・理由のわからないイライラ
・無気力
・孤立感
そして時には、
介護の中で感情が爆発してしまうこともあります。
あるいは逆に、何も感じなくなることもあります。
どちらも、「その人の問題」ではありません。
積み重なったグリーフが、行き場を失っている状態です。
だからこそ「生前グリーフケア」が必要になる
もし、こうした感情を抱えたときに、
安心して話せる場があったらどうでしょうか。
「それでいいんだ」と受け止めてもらえる場所があったら。
同じような経験をしている人と出会えたら。
それだけで、人の心は少し軽くなります。
グリーフは消えるものではありません。
けれど、分かち合うことで、その重さは変わっていきます。
だからこそ、亡くなった後だけでなく、
生きている今の段階からのケアが必要なのです。
パパンが向き合っているもの
私たち一般社団法人パパンは、
この「生前グリーフ」にこそ、大きな意味があると考えています。
地域の中には、
誰にも言えない不安や孤独を抱えながら、
日常を過ごしている方が多くいらっしゃいます。
しかしその多くは、
制度や専門的支援につながる手前で止まってしまっているのが現状です。
だからこそパパンは、
専門的な支援の“前段階”として、
気軽に立ち寄れる場、話せる場をつくり続けています。
ぴあの会のような場で、
特別なことをするわけではありません。
ただ、話を聴くこと。
ただ、その人の気持ちを否定しないこと。
それだけで、
「一人ではない」と感じられる瞬間が生まれます。
最後に
人は、亡くなるその日まで、
そしてその前から、さまざまな喪失の中で生きています。
その一つひとつに、ちゃんと感情がある。
けれどそれは、多くの場合、見過ごされてしまう。
生前グリーフという視点は、
そうした“見えない悲しみ”に光を当てるものです。
もし今、
言葉にできない違和感やつらさを感じているのであれば、
それは決して間違ったものではありません。
その感情は、あなたが大切にしてきた証です。
一人で抱え込まず、
少しだけ誰かに話してみてください。
その一歩を、私たちは大切に受け止めていきます。
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